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広島高等裁判所 昭和40年(不明)43号 判決 1966年11月30日

控訴人 国

右指定代理人検事 村重慶一

同法務事務官 堀田泰宏

<他三名>

被控訴人 兼重義一

右訴訟代理人弁護士 小野実

主文

原判決を取消す。

訴外兼重汽船株式会社が、昭和三五年一二月二一日に同会社の訴外芸備造船工業株式会社に対して有する金一七六〇万円の債権(同年三月三〇日の造船請負契約解除による代金返還請求権)を被控訴人に譲渡した行為を、金四九五万八一七〇円の限度で取消す。

被控訴人は控訴人に対し金四九五万八一七〇円及びこれに対する昭和三八年八月一一日から完済にいたるまで年五分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人等は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次の点を附加訂正する外は、原判決の事実欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴代理人の主張)

一、訴外兼重汽船株式会社(以下兼重汽船と略称する)の昭和三五年度における所得は別表記載のとおり金一〇七三万三二六一円で、同会社所有にかかる第三福重山丸に関する保険差益、即ち保険金額金五五〇〇万円と右年度における右船舶の帳簿価額金四一五七万七六一四円の差額である保険差益金一三四二万二三八六円(法人税法施行規則第一三条以下参照)に近い金額である。

二、債務者の一部債権者に対する代物弁済は、それが相当価格によるものであっても、他の債権者を害する意思をもってするときは、詐害行為となるところ、本件代物弁済には次のような事情もあり、兼重汽船に右意思があり、被控訴人はこれを知っていたというべきである。

1、兼重汽船は事業年度後二か月以内に法人税の申告をしなければならないことを知っており、所轄の徳山税務署から数回にわたり申告するよう勧めていたものであるから、申告することを失念していたのではない。

2、被控訴人は昭和三五年一二月二一日訴外日之出海運株式会社から船舶第三光洋丸を買受け、その代金支払として本件債権を同会社に譲渡し、昭和三六年四月一日自己が中心となって、訴外光洋海運株式会社(以下光洋海運と略称する)を設立し、直ちに右船舶を同会社に売渡している。

3、兼重汽船の解散と光洋海運の設立との合理的理由は不明であり、もっぱら本件租税債務の支払を免れるために行われたものといわざるを得ない。

尚兼重汽船が保険金受領により、被控訴人に対する支払わず、中小企業金融公庫等に対する支払をしたことはあるが、一部は保険金受領の段階で差引かれたものであり、残余も海運事業の継続の意思があったところから止むなく支払ったものであって、被控訴人のいう取締役会開催の時期以前に大部分の支払がなされているので、控訴人の主張に反するものではない。

三、兼重汽船はいわゆる青色申告を認められた会社ではないので、本事業年度前の損金は本事業年度の課税所得算定について関係を有するものではない(法人税法第九条第一項)。

(被控訴代理人の主張)

一、債権の弁済を受けることは詐害行為に当らないものであり、本件のように債権の弁済はかえて債権を譲受けることは、債権回収の不確実性を考慮にいれるとき、詐害行為とならないことはいうまでもない。

二、被控訴人の債権は保険金受給前に発生したものであり、保険金から回収することができたに拘わらず、昭和三五年三月一五日兼重汽船の取締役会で被控訴人が主唱して、保険金は原判決別表記載のとおり他の債権者に対する支払に当て、その残金からも自己の債権を回収しなかった。

加うるに兼重汽船が訴外芸備造船工業株式会社(以下芸備造船と略称する)に造船代金として支払った金員中の八〇〇万円を山口相互銀行から借受けた際、被控訴人はこれを連帯保証するとともに担保を提供し、右造船契約解除当時の右借受金の元利合計は約九〇〇万円であった。したがって、譲受債権によって被控訴人が債権の回収をした額は、実質的には右金額を差引いた約九〇〇万円にすぎない。右事情の存在は債権譲渡が詐害行為であるとしても、被控訴人はそれを知らなかったことを裏書するものである。

三、兼重汽船は唯一の持船を失って無資産となり、保険金を諸債務の支払にあてても多額の債務が残存することから、解散したもので、租税債務の免脱を計ったものではない。

(証拠関係)<省略>

理由

一、成立に争いない甲第一号証により、昭和三五年一二月二一日現在で兼重汽船が昭和三五年度における法人税と無申告加算税及び利子税として計金四九九万八一七〇円の租税債務を負担していたことが認められる。なお、本件につき、昭和三六年四月にいたって法人税についての決定がなされたことは控訴人が明かに争わないので自白したものとみなすが、右債務の成立時期は法人税本税については事業年度の終了日、その他の債務については、法人税法所定の事由があるとき、基本額に対する所定期間、所定率による債務が各当然に成立し、決定によって納付すべき税額が確定をみるにすぎないものと解するのが相当であり、兼重汽船の事業年度終了日は九月三〇日であることが成立に争ない甲第二号証によって認められるので前認定に影響はない。

二、兼重汽船が昭和三五年一二月二一日同会社の被控訴人に対する約二五〇〇万円の消費貸借債務の内金一七六〇万円に対する代物弁済として同会社の芸備造船に対する同額の債権(後記認定の昭和三五年三月三〇日の造船契約解除による代金返還請求権)を譲渡したことは当事者間に争ない。

三、右債権譲渡当時兼重汽船には右債権外に資産がなかったことは被控訴人の認めるところであるから、これによって本件租税債務の支払が不能になったこととなる。

四、納税義務者が一部の債権者に対し代物弁済としてその債権額と同額の債権を譲渡し、これにより国税の納付が不能となる場合には、右債権譲渡が当事者通謀の上、国税債権をも害する意思で行われた場合には詐害行為が成立するものといわねばならぬ。

五、そこでまず本件債権譲渡にいたった経緯について考察することとする。

被控訴人が兼重汽船の代表取締役(解散後は代表清算人)であることは当事者間に争がなく、被控訴人が本件債権譲渡と同日である昭和三五年一二月二一日に訴外日之出海運株式会社から船舶第三光洋丸を買受け、その代金支払として本件請負代金返還請求債権の一部を同会社に譲渡し、次いで昭和三六年四月一日自己が中心となって光洋海運を設立し、直ちに右船舶を同会社に売渡したこと、兼重汽船は芸備造船との間の造船契約代金の支払が不能となったため契約を解除し結局解散するにいたった(解散の時期は本件債権譲渡に先立つ昭和三五年一一月二八日である)ことは、あえて当事者間に争がない。<省略>によると、

1、徳山税務署の係員から昭和三五年度の決算期前に兼重汽船の会計担当者渋谷宣彦に対し、決算後二か月内に法人税の申告をするよう勧めるとともに、保険金受領に伴う法人税法上の処置を説明し、渋谷は同人の後任として経理事務を担当していた兼重汽船の代表者兼重義一の長男誠一および被控訴人に対しその旨連絡していること

2、兼重汽船は同年度における所得として保険差益約一三五〇万円の外に貸船料約五五〇万円があり、青色申告の承認を得ていないので前年度の損金を繰越計算はできないこと。

3、兼重汽船は被控訴人と長男誠一及び村元清水が取締役、安達信義が監査役である同族会社であったが、光洋海運は右誠一が代表者となっただけで同じ役員からなり、本店所在地や目的も兼重汽船と同一であることが認められ、<省略>。

六、以上認定の諸般の事情からするとき、兼重汽船と被控訴人間の本件債権譲渡は他に特別の事情のない限り、被控訴人が本件租税債権を害することを知って行ったものであって、詐害行為に当るものというべきである。

七、被控訴人は、同人が兼重汽船に対し多額の債権を有するに拘わらず、他の債務者へも保険金をもって支払をし、更に兼重汽船が芸備海運に対して支払った造船請負代金支払資金八〇〇万円を山口相互銀行から借入れる際、連帯保証だけでなく物上保証をもした事実をあげて、本件債権譲渡が客観的に兼重汽船の詐害行為に当るとしても、被控訴人はその情を知らなかった、と主張する。

しかし前記弁済をした債務は、原判決添付の支払先一覧表によっても明らかな如く海上貨物運送業(これは前顕甲第一四、五号証によれば兼重汽船および光洋海運の主要な目的である)を継続するためには、放置することのできない債務であるに反し、被控訴人に対する債務の支払は緊急やむをえないものであることの証拠はないし、前記弁済は昭和三五年三月中旬であるのに本件債権譲渡は同年の事業年度を過ぎ、さらに解散の決議(前記甲第一四号証によれば同年一一月二八日である)後の同年一二月二一日になされたのであってみれば、右事実は前記認定を左右するに足りない。

被控訴人は原審ならびに当審の本人尋問において被控訴人は本件譲渡債権をさらに訴外日之出海運株式会社に再譲渡し、同会社から買入れる第三光洋丸の代金三、〇〇〇万円の一部支払に充てた旨供述し、成立に争のない甲一三号証によればその売買契約書にその旨(芸備造船により差引かれた九〇万円をも含めた一八五〇万円)の記載があるけれども、かりにかような事実があったとしても、被控訴人は右船舶買受当時既に光洋海運設立の計画があったことは被控訴人の本人尋問の結果(当審第二回)により明らかであるので、被控訴人は兼重汽船を解散しても海上貨物運送業を思い止まったものではないものといわざるをえないところ、被控訴人は兼重汽船を敢て解散して同会社としての収益を挙げる方途を絶ちながら本件債権の譲渡を受けたことは、それが新船舶買受資金捻出のためであるとしても、前記詐害の意思がなかったものとは認められない。

八、前記一、の租税債務の内四万円の支払があったことは控訴人の自認するところであり、被控訴人から他に弁済等の主張のない本件では租税残債務は金四九五万八一七〇円となる。

従って控訴人は本件債権譲渡行為につき、右額の限度で取消を求め得ることとなる。

九、被控訴人が本件譲受債権を他に譲渡していることは被控訴人の認めるところであるから、特段の事情の認められない本件では、控訴人は被控訴人に対し、右と同額の賠償請求権及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であることが本件記録から明白な昭和三八年八月一一日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

一〇、そうすると控訴人の本訴請求は正当であるので、これを認容すべきところ、これを棄却した原判決を不当として取消すこととし<以下省略>。

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